ラカインGUCセンターを創ろう!

GUC(Global Uni Community =NPOアースキャラバン) 遠藤喨及

 

 

言えなかったひとこと

ダッカ市街を出るなり、バスは全力疾走を始め、闇の中で命知らずのチキンレースを繰り広げた。

窓を見ると、時速100キロ以上なのに、すぐ目の間を車が走っている。

僕の手のひらから出るのは、じとーっとした汗だ。 こうなったら、窓など見ずに、ひたすら横になって目を閉じ、アラーの神にでも祈るしかない。 ここはバングラディシュ。

僕と妻の磨祐は、片道十時間の道行きの、コックスバザールに向かっていた。

そこには、イスラム教国で暮らす仏教徒、ラカイン人がいる。

一億二千万の人口を抱えるバングラデッシュで、ラカイン人はわずか二万人しかいない。 文字通りマイノリティである。

 

里親からの手紙を子供に通訳している

里親からの手紙を伝えているところ

 

さてここで、僕がこの地に、毎年訪れるようになったきっかけを話してみよう。

それは彼らに、“言えなかったひとこと”があったからである。・・・というのは、こんな話。

ビルマ国境の近くで、マラリアのために命を失くした、森智章さんという人がいた。

彼は、ラカイン人の存在を広く世界に紹介しようとしていたカメラマンである。 その後、彼の葬儀が日本で営まれるが、その時の香典300万円を元に、ラカイン人の小学校を再建する話が持ち上がる。

そして、お金を預かった旅行作家の下川裕治氏が、生前、森さんが親しかったラカインの家族を訪ねていく。

その家族は、下川氏が希望するタイプの宿に連れて行ってくれる。

そして、宿の人に値引き交渉したり、やれタオルを換えてくれとか、シーツをきれいなのにしてくれとか言ってくれる。

何くれとなく世話を焼いてくれるのだ。 それで最後に、良かったら家に来ないかと、遠慮がちに誘う。

行ってみると、何と、大ごちそうが用意してある。 お酒のないイスラム教国なのに、ラカインビールまである。

下川氏は一族の大歓待と、彼らのかもし出す空気のやわらかさにびっくりする。 そして、その後、何時間がたってから、“良かったら泊まっていかないか?”と、 またしても遠慮がちに、そっと言うのである。

これだけのごちそうなら、昨夜から準備していたかも知れない。

きっと部屋だって、最初から用意してあったに違いない。

それなら一体、なぜ彼らは、迎えに来た時にそう言わなかったのだろう?下川氏は不思議に思う。 しかし、部屋のベッドで気づくのである。“そうか、言えなかったんだな”、と・・・。 (記憶を頼りに書いたが、大筋はこんなもんだったと思う)

ユニ孤児院

ユニ孤児院での一場面

 

かくして現在は

僕は、思わず心の中でつぶやいてしまった。

“あるんだよなぁ、そういうことって・・・。 うーん、わかるよなぁ。そんな時の言えない気持ちって・・・”、と。

それは、僕が抱いてきたインド、バングラデッシュ人のイメージとは、全くかけ離れたものだった。

僕のイメージでは、この地に住む人々は、皆、遠慮のかけらもなく、自己主張が強い。

そして、人の生存が厳しいためか、押し合いへし合いで生きている。

というのは、インドは三回、数ヶ月ほど旅したが、同じく言えない日本人としては 、いつも、したたかなインド人に、してやられてばっかりだったのだ。

“そんな遠慮呵責のない精神風土で、「遠慮がちで言えない」心を持つ少数民族がいたのか・・・。 イスラム教国に生きる仏教徒が、差別を受けながら暮らしているのか・・・”、と。

僕は驚くと共に、その“言えなかったひとこと”のエピソードに、いたく共感してしまったのである。

おりしもスリランカの井戸の建設や、その他のプロジェクトが一段落したGUCは、新たな支援先を探していた時である。

先のエピソードを読んだ僕は、その数ヶ月後には、コックスバザールにいた。 そして下川さんを通じて、ラカイン人のラジョーさんと会う。

 

現地スタッフのラジョーさん

現地スタッフのラジョーさん

ラジョーさんは、とても愉快な人だった。飾りがなく、気楽につき合える。

そして彼は、ラカインの子供たちの将来を本気で心配し、良き未来を願っている。

そんな彼と一緒に、僕らは、支援候補地の村々を回った。 それが三年前。こうして現在GUCは、3つの小学校や孤児院を支援している。

 

GUCの支援目的

十時間のバスの全力疾走と、アラーの神のおかげ(?)で、深夜のコックスバザールに着いた。

起きて待っていてくれたラジョーさんと固い握手。そしてさっそく、ラカイン焼酎を一杯。 翌朝から、さっそくミーティングである。

参加者は、僕、磨祐、ラジョーさん、チョバさんの四名である。

まずは、五日間のスケジュールを組む。・・・うぅ、過密だ。

しかし、やることはたくさんある。 ざっと述べると、例えば、支援している学校の視察、三つの村の子供たちに文具やおもちゃなどのおみやげを渡すことから始まり、里子たちへのインタビュー等々。 (ビデオ撮影では、みんなコチコチに固くなっているのが可愛かった)

また、島の女性達と工芸品のミーティングや、仏舎利塔の改修工事の相談。 ラカインGUCセンター候補地とその決定もある。

さて、一番大事なのは、GUCとしてラカイン・プロジェクトをどう進めていくか?ということである。

今年で三回目の訪問だが、そもそも、GUCが行おうとしているのは、単なる一方的な援助活動ではない。

ラカインの人々が相互扶助のネットワークを創ることで、経済的にも豊かになるシステムを造ることである。

また、仏教を保護し、さらにバングラデッシュでのラカインの地位向上を目指す。 それだけではない。

滞在中、毎朝熱心に僕らと念仏しているラジョーさんを見ていると、大乗仏教、念佛だって広めたいとさえ本気で思う。

3つの小学校や孤児院の支援(主に先生たちの給料の支払い)は、先の全ての遠大な計画の手始めに過ぎないとも言える。

例えば、将来は、全部で22ある村の小学校を全部開校させたい。(現在開校しているのは、GUCの支援先の学校を含めて、4つである)また、優秀な学生には奨学金を出して、海外留学だってさせてあげたい。 そして、その彼らが将来収入の10%をGUCラカインに納め、それはラカインの子供たちの教育支援に使われるというシステムを造る。

これはアイデアのーつだが、長い年月をかけて、数がどんどん増えていけば、やがては、相互支援による豊かさが実現できるはずだ。また、教育水準が高くなれば、彼らの地位も向上するではないか。

 

 

ピース

ラカインGUCセンターを創ろう!

さて、そのために次は何をするのか?

ミーティングでは、たくさんのアイデアが出た。 まずは、ネットカフェ併設の、GUCラカインセンターを造ることになった。

候補地は、ラジョーさん宅から歩いて五分のラカイン仏教福祉会館。 そこに十五畳ほどの部屋を増設する。

費用は100万円。(←おいおい、お金はどう工面すんだよ。→しかし造ってしまえば家賃は不要だしな、何とかやるしかないじゃん)

このセンターには、いくつかの機能をもたせる。

ネットカフェだけでなく、小さな図書館、ミーティングスペース等々。

ラジョー氏曰く、念佛スペースも造りたいとのことである。 ラカインGUCメンバーになった人は、ネットカフェ代が割引になる。

また、図書館で本を借りることもできる。 またメンバーは、ラカインの服などの工芸品を、GUCインターナショナルを通じて売ることができる等々。

会費やネットカフェなどの収入は、GUCラカインに入り、これが子供たちの教育支援として使われる。

将来、ラカイン人全員にGUCメンバーになってもらおう。

GUCラカインの活動が活発になれば、次世代のラカインの教育環境は、現在よりも、はるかに充実したものになっていくはずだ。

しかし、そこに至るまでには年月がかかるだろう。

今後も、インターナショナルGUCによる、様々な継続支援も必要だ。

また、ラカインGUC自体が収入を得られるようなビジネスは、さらに打ち出していかなければならない。

ネットカフェは、その手始めなのだ。 ラカイン仏教福祉会館は、ラカインの人々がいつもやってくる場所。

だから、やがて多くの人々が、GUCラカインの存在を知ることになるだろう。

“まずは、全ラカインに向けた、GUCラカインの存在を知らせるニュースレターを発行しようじゃないか”と、夜のミーティングで、盛んにもり上がる僕らであった。

しかしまずは、ラカイン仏教委員会の会議で承認されなければならない。

ということで、ラジョーさんと僕らは、持参したウイスキーを、委員会の会長や副会長などに飲ませるという、根回しの説得工作をする二晩もあった。

ふぅ〜、支援活動も楽ではない。

2月12日の会議で決まるそうである。 実は、増設費用が100万円と聞いた時、“そういえば、浄土宗平和賞の賞金が50万円だったなあ、、。

もしそれがもらえたら、あと50万円たせば、ラカインGUCセンターできるなあ・・”とつい、取らぬ狸の皮算用をしてしまった。(うぅ、恥ずかし)

そこを、“人の懐なんかあてにしいないで、がんばって自助努力を!”と自らを戒めたその夜、再び十時間をかけてダッカに向かう。

闇の中を疾走するバスの中に身を横たえながら、“名前は、うーん、そうだな。タオサンガ・センター/GUCラカインOfficeなんて、どうだろう?”などと、やっぱり盛り上がる。

それが、二人ともに、6日間をまるで6ヶ月間であったかのように感じた、疾風怒涛のコックスバザール最終日だった。